院長経歴詳細
| 1989~1995年 |
東京医科歯科大学歯学部歯学科 |
| 1995~1999年 |
東京医科歯科大学大学院 (歯科矯正学第一講座) 当時教授であった相馬邦道先生(現名誉教授)が私の師匠となります。 また、臨床では当時助教授であった飯田順一郎先生(現北大教授)に指導して頂きました。 ちなみに大学院では咀嚼筋筋電図の研究を行いました。 |
| 1999~2000年 |
東京医科歯科大学歯学部附属病院 医員(矯正歯科外来) 29歳にして、初めて給料を頂ける職に就くことが出来ました。 医者とか歯医者って、実はそんなもんなんですよね。 |
| 2000~2004年 |
横浜市立大学附属 市民総合医療センター 歯科・口腔外科・矯正歯科 助手 2000年より矯正歯科部門新規開設に伴い、出向を命じられ、単身でその立ち上げを行いました。 「矯正歯科とはなんぞや?」というお医者さんの中での、ゼロからのスタートでしたので非常に苦労しましたが、現在では矯正歯科医も2人になり、医局の中でも「行ってみたい出向先」となって、すっかり定着したようです。ここは私の中でも誇れるところですね。 口腔外科の大村進助教授や当時形成外科教授であった鳥飼勝行先生に指導して頂き、顎変形症や唇顎口蓋裂の患者さんの矯正治療を多数経験しました。私の臨床の基礎となった期間ですね。 また、ちょうどこの頃から、不定愁訴をお持ちの患者さんを多数経験するようになり、それらの症状とかみ合わせや顎の位置との関係性について興味を持ち、勉強し始めた時期です。 |
| 2004~2010年 |
東京医科歯科大学 咬合機能矯正学分野 助手、講師 大学に戻ってからは、講義や実習などの歯学部学生教育、医局員の指導を多数行いました。特に顎変形症と唇顎口蓋裂の症例に関しては医局員の指導を一手に引き受けることになり、とても忙しかったのですが、経験はさらに上がりました。 また新人教育も担当しましたが、この新人がまれにみるアツい連中揃いで、10数年先輩の指導医である私に「俺だけが悪いんスか?福山先生は悪くないんスか?」と喰ってかかるようなやつもいました。草食系男子と言われる昨今、貴重な存在ですね(笑)。自分のアツさがそんなアツい連中を引き寄せたのかもしれませんね(笑)。
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| 2006~2010年 |
東京医科歯科大学歯学部附属病院 矯正歯科外来 副診療科長・外来医長 若輩ながら、外来の責任者を務めさせて頂きました。 他院で断られた患者様、治療や対応の難しい患者様を多数経験し、理念でも述べたような自分が完成した頃です。特に教授不在の2年間は、「自分で対応できなければ、あとがない」という緊張感もありましたが、そのことで逆に急成長できたように思えます。 必要に迫られて、心理的な対応も勉強し始めました。初診相談で悩みを抱えていらっしゃった患者様が、「モヤモヤが晴れて、スッキリしました!」といってお帰りになるのが本当にうれしかったですね。歯をならべるだけではなく、心理的にもつれた糸をほどいて差し上げるのも治療の一環なのだと実感しました。 また、ちょうどsecond opinionが盛んになってきた時期でもあり、時には2~3時間も相談に応じたこともありましたね(苦笑)。 |
| 2011年~ |
医療法人 小川矯正歯科 小川先生から比べると若いため「研修医?」と勘違いされることも多かったようです(苦笑)。 大学での立場から一転して、当初戸惑いもありましたが、初心に立ち返ることができ、自分を見直す良い機会となりました。 地区の歯科医師会に出席しても「小川先生のところなら間違いない!」と皆さんに太鼓判を押され、相馬先生、飯田先生に続く3人目の師とのめぐりあわせに感謝です。 東京医科歯科大学歯学部 臨床教授・非常勤講師 小野卓史教授のご配慮により、若輩ながら臨床教授という称号を頂きました。 現在も、週一回程度医科歯科大学で外来を継続しています。また、非常勤講師としても、学生の講義や実習に携わっています。 |
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